Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

小津安二郎と『断腸亭日乗』(その2)


昨日も書いたように、小津は『断腸亭日乗』を読み終えてから、『東京物語』のロケーション・ハンティングをはじめています。映画の舞台として使える場所を探していたのかもしれません。
で、ロケハン初日である 1953(昭和28年)6月15日の小津の日記を見ると、こんな記述があります。

車にて深川宮川にゆく 八幡宮 不動


八幡宮というのはおそらく富岡八幡宮、そして不動というのは深川不動尊のことなのでしょう。いずれも深川にある神社仏閣ですね。
深川は小津が生まれた場所で、10歳ごろに別の場所に引っ越したようですが、20歳ごろにまた深川に戻ってきています。ここから入社したばかりの松竹の蒲田撮影所に通っていたんですね。戦後は別の場所に暮らすようになっています。

深川は小津にとっても馴染み深い場所であったにはちがいありませんが、ここは何よりも荷風がこよなく愛した場所。隅田川の東(濹東)の下町ですね。荷風には『深川の唄』、『深川の散歩』という作品がありますし、『断腸亭日乗』にも何度も出てくる場所。
小津がロケハンの初日に深川に行っているというのは、やはり『断腸亭日乗』の影響を感じずにはいられません。ただ、どうやら深川は『東京物語』の舞台としては使われることはなかったようですね。

でも、『東京物語』では、荷風と関わりの深い場所、荷風が何度も歩いた場所、荷風が愛してやまなかった場所が使われています。このブログでも何度も触れた放水路、荒川放水路ですね。場所は堀切橋あたり。
広島の尾道に住んでいる笠智衆、東山千栄子夫妻の長男の山村聰がこの近くで医者をやっているという設定。東京で医者をやっているということで笠智衆、東山千栄子がはるばる訪ねてきたら、実は東京の端の方だったということを知り、失望するんですね。その失望する東京の端の場所として選ばれたのが荒川放水路の堀切橋付近(もしかしたら、最初にロケハンで深川に向かったのも、山村聰の家の場所を見つけるためだったのかもしれませんね)。
川本三郎さんが『荷風と東京』をはじめ、いろんな本で指摘していますが、やはりこれは小津が荷風の『断腸亭日乗』を読んだ影響と言わざるを得ないですね。荷風の『断腸亭日乗』では、堀切橋から荒川放水路を描いた素晴らしいスケッチがあります。以前にも紹介したこれですね。昭和7年1月22日の日記に添えられたもの。小津もこの絵に目を留めたに違いありません。
a0285828_9201342.jpg


さて映画で使われた荒川放水路でのシーン。個人的にはこのことを知る前から『東京物語』の中で最も感動的なシーンです。この場面ですね。
a0285828_9203289.jpg

山村聰の家の中から笠智衆の目でとらえられた風景として描かれています。ここで東山千栄子が孫に向けて語る言葉もたまらないですね。
その東山千栄子が語る場面の背後にぼんやりと写っているのが荒川放水路ですね。
a0285828_9205872.jpg

荷風がいく筋も描いている工場の煙突からの立ち上る煙のようなものがたなびいているのがうっすらと見えます(荷風が描いた四つ木橋が見えないのが残念)。荷風がスケッチを描いてから20年後の風景。でも、おそらくはほとんど変わっていなかったんでしょうね。

東山千栄子といえば、これも川本さんの本で知ったのですが、前に荷風が詞を書いて菅原明朗が曲をつけて永井智子が歌ったという「葛飾情話」というオペラ(上演されたのは昭和13年)、物語の舞台は荒川放水路ということなのですが、その録音されたもので、物語を説明する「語り」をなんと東山千栄子がやっているとのこと。小津はこのことを知っていたんでしょうか。あるいは東山さんは『東京物語』の撮影中(特に荒川放水路を撮影するとき)に、小津にそのあたりの話をしたんでしょうか。残念ながら小津の日記ではそのあたりが欠落しているので知るすべもありません。

ところで、荷風が昭和7年1月22日の日記で描いた堀切橋から見た荒川放水路の風景のスケッチ。川本さんも『きのふの東京、けふの東京』(平凡社)のカバーと表紙に使っていますね。実はちょっと前に『荷風!』という雑誌があったことを知り、それに川本さんがいくつも文章を書かれていることがわかったので、是非読んでみたいと思っていたのですが、この本に収められている文章の多くがまさにそれだったんだということを今日知りました。出たときにすぐ買ってざっと読んだんですが、最近最もよく読み返している本のひとつです。今日書いた文章も含めて、これまで書いてきた荷風に関する文章も、これから書くであろう文章もこの本を大いに参考にさせていただいています。
今、アマゾンをチェックしたらまだ廃刊になっていないですね。この表紙が使われている(カバーをとった裏表紙にはもうひとつの荷風が描いた放水路の絵も)単行本を買えるうちに買っておいた方がいいと思います。
a0285828_9222241.jpg

[PR]
by hinaseno | 2013-04-16 09:39 | 映画 | Comments(0)