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 「断絶ではなく、ただ不連続なだけ」


昨日は以前ここで触れた加山雄三の「若大将のゆうゆう散歩」の放送があった日。でも、残念ながら関西では見れないんですね。さて、どんな放送になったんでしょうか。

加山さんといえば、石川さんが作られた加山さんの曲を集めたCDとともに送っていただいていた、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の加山さんの曲がかかった日の放送のもの。その日はリスナーからのリクエストに応える「お便り」の日なのですが、例の加山さんの「ブーメラン・ベイビー」がかかってしばらくして、その数週間前の放送で大瀧さんが紹介した、"ある方からの手紙"に対する反響のことが語られていました。何人ものリスナーが、その"ある方からの手紙"に深く心を揺さぶられたということを葉書を書いていたんですね。

一体どんな手紙なんだろうと気になっていたら、数日後、まるで僕の声が届いたみたいに石川さんがブログで、その"ある方からの手紙"が大瀧さんによって読まれる部分だけの音源をアップしたんです。手紙にも感動しましたが、その手紙を読んだあとの大瀧さんの言葉にもやられました。

で、先日、石川さんからその日の放送を全て収めたコピーを送っていただいて、例によって車の中で一人で聴いていたら、内容を知っているのに胸がいっぱいになってしまいました。その時は僕の好きな川沿いを走っていたのですが、少しだけ風景がゆがんで見えました。

石川さんのブログでの音源アップはたった1日だけのものでしたから(あの部分だけ切り取って音源をアップする作業は相当に手間のかかるものだったと思いますが、たった1日だけのものであるのにもかかわらず、あえて石川さんはそれをされたんですね。音楽とはまた別の形で何かが伝わるのではと考えられたんだと思います)、今はもう聴くこともできません。でも、やはりこの手紙は紹介しておきたいと思ったので、ここにその手紙の全文と、その手紙を紹介する前後の大瀧さんの言葉を書いておきたいと思います。残念ながらこのときの大瀧さんの語り口は想像していただくしかありません。

番組の流れ的には、その前の別のリスナーの葉書で大瀧さんは結構大受けしてたんですが、突然声のトーンが変わってこんな言葉が発せられます。

さて、今日の最後になったんですけども、是非ともこのお手紙を紹介させていただきたいと思います。


手紙を書かれたのは大瀧さんのリスナーの中では何度も大瀧さんの番組に葉書を出されている人の母親。昭和初期のお生まれということですので、当時で50歳に近い方ではないかと思います。そういう年代の人からお手紙をもらったのは初めてとのことでした。「ゴー!ゴー!ナイアガラ」をまだ全部聴いたわけではありませんが、大瀧さんはたぶん湿っぽい(まではいかなくても、しんみりした)内容の葉書や手紙は番組では極力紹介しないようにしているんだと思います。そういうのを嫌われているというのではなく、そのような手紙を読んだときに大瀧さんご自身の受ける影響を避けられているようにも思いました。


で、その手紙です。これはあくまで聴き取りしたもので(何カ所か聴き取りづらい言葉がありました)、正確ではない部分もあるように思います。

「親子揃って恥をかくことないよ」と、迫ってくる息子の手を払いのけながらも書こうとしている私は昭和初期の生まれ、いくらかクレージーかもしれません。大瀧さんの名を耳にしてからもう久しい日数が流れています。すっかり傾倒している息子を通して大瀧さんの持つすべての、ではないかもしれませんが魅力を感じることができます。もちろん専門的な音楽評などできるはずもありませんが、理屈抜きに楽しく素晴らしく、あるときには心に滲みいるような、またあるときは弾む鞠のような気持ちになります。
今までの数十年の間、耳にした音楽は数限りなくありました。そして感動したり、雀躍したりして、音の持つ妙に人生の旨味を感じてきました。そのいろいろの音楽を聞き慣れた耳に、実に斬新な感覚のメロディが飛び込んできました。それが大瀧さんたちとの出会いでした。その後、せっせと息子の勧めによりレコードなりテープなりを鑑賞する時間をもちました。
息子と私は共通性のあるものなら何でもそれを通して話し合い、教え合い、また言い争ってみたりしています。というよりも共通性を持つように歩み寄った結果という方が、あるいは正確かもしれません。
スポーツにしろ音楽にしろ、世代の差なんて全く意識しないで夢中になれるなんて最高の幸せと思っております。けれど、大瀧さんに関する限り、私自身直接お目にかかったこともありませんし、何の知識も持ち合わせてはおりませんので、息子から詳しく話してもらいました。
レコードにサインしてもらったこと、福生行きの切符を買って贈ったこと、池袋の映画館にオールナイトの映画、クレージーキャッツを観に行ってみなさんに会ったこと、つい先日の渋谷でのパーティのこと、大瀧さんのパネルのことなどなど。
何にでも好奇心、というか興味を示す私が「大瀧さんに手紙を書くわ」と言い出して、「まさか本気ではないでしょう」なんて、息子に言われてますのに、その「まさか」が実現してしまいました。何に対してでも興味を持ったら、即すぐぶつかってみたいという幼さというか情熱というか、そんなものが私の中にはまだまだうごめいているのです。何かをしたいと思って実行せずに後悔を残すより、やってみて、たとえ失敗に終っても、その方が私には素晴らしいことだなと思っているからです。
そんな私の考え方は、当然子供たちにも浸透して、やりたいことをやっている息子と娘に自分を見る思いであります。「今年の夏は『ナイアガラ音頭』できめよう」なんて、「何をきめるのか?」 そんな可笑しいやりとりをしている可笑しい家庭をご想像下さい。是非、今後も素晴らしい、楽しい音楽を与えてください。心からの拍手をお送りします。


この手紙を読み終えられてから、普通はあまり言い淀んだりすることのない大瀧さんが、ちょっと言葉をつまらされます。で、つまりながら紡ぎ出される大瀧さんの言葉、これが手紙と変わらないくらいに素晴らしいんですね。こんな言葉です。

ふつう世代の断続とかよく言われますけど、断続っていうのは完全にぷつんと切れていることを言うんですけど、断絶ではないと思うんですよね、ただ不連続なだけだったと思うんですよね。戦前、戦中、戦後っていうのはね。だから、どっかにそういったようなところを見つけられれば、共通性というのはわりと、共通項みたいな部分ていうのは探せると思うんですね。


「断絶ではなく、ただ不連続なだけ。共通項みたいな部分は探せば必ず見つけられるはず」
この言葉はものすごく深い意味を持っているように思いました。当時大瀧さんは27歳。すごいですね。人生が変わりそうな言葉でした。

このあと最後に大瀧さんは、声のトーンを通常のものに戻しつつ、こう語られます。

今、なんて言ったらいいか言葉が思い起こせませんので、これから作る音楽とか、そういったものでご返事に代えさせていただきたいと。あんまりかっこ良すぎたかな、これ。


最後は照れくさそうに、ちょっと茶化した感じで語られていますが、まさに実行されてこられたんですね。大瀧さんがその後作られた音楽やそれ以外のいろんなもので。僕自身、大瀧さんのおかげで、断絶しているとしか思えなかったような様々なものに、どれだけつながりを作っていただいたかと思います。それだけでなく知らず知らずのうちに、つながりを見つける方法(と、その喜び)を教わっていたようにも思います。

大瀧さん、そしてこの放送のコピーを送っていただいた石川さんに心から感謝します。

少しだけ余談になりますが、先日、石川さんとお話しさせていただいたとき、世代間の「断絶」を嘆かれていた方々を6時間くらいかけて強く注意したと伺いました。で、ご自分は今、10代の人たちとのつながりを作ろうとしているんだとおっしゃられてました(僕なんかの世代はもういいと言われてしまいました。しくしく)。
「断絶」なんて意識はかけらもありません。素晴らしいですね。今日もきっとその努力(努力っていったら叱られそうですが)をされていることだと思います。今日はアゲインでナイアガラのイベントがあるんですね。近くであれば絶対に伺うのですが。
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by hinaseno | 2013-03-20 09:36 | ナイアガラ | Comments(0)