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by hinaseno
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小津安二郎の「早春」と三石(その5)


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本来であれば昨日はこの話をブログにアップするつもりでしたが、関口直人さんのことであまりにもびっくりしたために急遽そちらのほうを載せることにしました。そうしたら昨夜、アゲインの石川さんから電話があったかと思うと、急にどなたかにかわられて…、なんとそれが関口直人さんだったんですね。2日続けて腰が抜けてしまいました。あまりに急なことで舞い上がってしまって、その後も興奮してなかなか眠りにつけませんでした。だって、当たり前ですよね。大瀧さんと一緒に仕事をされていた方でもあるし、シリア・ポールがいた伝説の存在であるモコ・ビーバー・オリーブに曲を書かれていた方でもあるし、そしてそのお父さんである良雄さんはあの木山捷平や上林暁との交流をもたれていた方なのですから。ああもう死んでもいいです、と石川さんに思わず言ってしまいました。

ところで、つながりついでのことになりますが、関口良雄さんの「昔日の客」の最初に出てくる話は「正宗白鳥訪問記」。関口良雄さんが作家の正宗白鳥の家を訪問したときの、とても微笑ましいエピソードが書かれています。この正宗白鳥の出身地が、木山捷平と、つまり僕と同じ岡山なんですね。しかも正宗白鳥は、今、僕がブログで書き続けている三石のある備前市の出身。三石からは車で10分くらいのところです。生家が今も残っているとのことなので、いつか必ず行ってみたいと思っています。ちなみに木山さんとも交流のあった藤原審爾の生家も白鳥の生家のすぐ近くです。そしてその備前市には大瀧山福生寺という、偶然というにはあまりにも奇跡的な名前の、僕が子供の頃から何度も行っていたお寺があるという。なんという不思議なつながりなんでしょう。
とにかく僕もこの素晴らしい出来事があった証拠として、今朝石川さんのブログに掲載されたこの写真を載せておきます。右がアゲインの石川さん、そして左が関口直人さんです。
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翌日、石川さんよりもう1枚送っていただいたので、そちらも載せておきます。
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これが本物の関口さんですよって、指をさされているみたいですね。

さて、話は小津の「早春」のことに。
一昨日まで書いたことというのはこの数ヶ月の間に確認したことをまとめたものなのですが、まとめつつ、なんとなく腑に落ちないものを感じていました。このままではたぶん、次に三石に行って映画の最後の場面で上りの汽車が走る風景を撮った場所は、つまり小津が三石に来てその風景を撮るために櫓を建てた場所はここでした、という話で終わりそうになってしまう。

そもそも僕がこのような形で「早春」の研究を始めたのは、大瀧さんの成瀬・小津研究でした。僕のような地方に住んでいる人間にとって、大瀧さんが確認された場所を見て回ることはできません。でも、大瀧さんがそこでとられた手法を自分なりに生かすことができないだろうか、というのがそもそもの出発点でした。で、前から気になっていた三石を舞台にした「早春」に当てはめてみたんですね。そこならば何度も足を運ぶことができると。そうしていくつかの場所、いくつかの事柄を発見したり確認したことをまとめたのが前回までのものでした。
でも、正直、そこまでは時間があればだれでも調べられることです。比べることがそもそもの間違いだとはいえ、大瀧さんの研究とは決定的に何かが違っている、決定的な何かが欠けていると思いました。ただ時間をかけただけではない、研究の姿勢が決定的に違っているなと。

大瀧さんの研究(映画に限らない)では、しばしば「あたりをつける」という言葉が出てきます。ただやみくもに歩かれたり調べられたりされているわけではなく、「あたり」をつけたうえでの行動をとられているんですね。そしてそれはだいたいにおいて的中しています。
では、どうやったらあたりをつけられるかというと、小津の研究に関して言えば、大瀧さんがしばしば語られていたように小津になってみる、ということなんだろうと思います。成瀬研究であれば成瀬になってみる、そしておそらく、先日放送されたアメリカン・ポップス伝でも、その内容が石川さんの指摘されていたように深い物語性をもっているのは、おそらくそこに登場してくる何人ものミュージシャンや関係者に「なってみる」ことをしていたからこそ、あれだけの(大きなものから小さなものまでを含めた膨大な)つながりを発見されていったのだろうと思います。もちろん「なってみる」にはそれなりの膨大な知識と経験が必要なことは言うまでもありませんが。

で、「早春」と三石のことに関して、それは映画のほんの数分の場面とはいえ、小津になって考えてみたいと思いました。そうすればもしかしたら、映画の最後の場面の、上りの汽車が走る風景を撮った場所の「あたりをつける」ことができるのではないかと。
つまり、池部良の下宿として設定した場所と、その下宿の2階のセットと、その下宿から見た汽車の走る風景を実際にとった場所には小津なりの何らかの必然的なつながりがあるのではないだろうかと思いました。小津ならば、ほんの数分の場面であっても、こだわった何かがあるはずだと。
そこで、ふと気がついたのが、DVDのジャケットにも使われている、池部良と淡島千景が下宿から電車を眺めているこの写真。a0285828_8174890.jpg窓から外を眺める場合、普通であれば窓に正対するはず、しかもセットなのですから、そこから見ている風景は実際のものとは関連性がないのですが、この写真の2人はかなり斜めの方向を向いていることがわかります。背後の壁のかど、そして最大のポイントは襖に吊るしている淡島千景のワンピースですね。セットであればこれほど無理な方向を向かなくてもいいはずなのに、小津はあえて2人をその方向に向かせている。ここに何か手がかりがありそうな気がしました。
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それで、小津はセットの部屋でも、かなり細かく部屋の構造を考えるということを以前読んだことがありましたので、映画を見てのわかる範囲で部屋の見取り図と、池部良と淡島千景の2人の動きを示したものを描いてみました。そして最後の場面の二人の視線の方向も。

















そして次にこの家を実際の地図の家の場所に置いてみたらおもしろいことがわかりました。
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2人はすぐ前の線路ではなく、部屋の窓からはかなり斜めの方向の、地図上では南の方向の線路を見ていたことがわかりました。でも、この方向でも、下宿のあった場所から線路までは近すぎて、あの風景にはなりません。あの風景は、反対側の山の麓あたりでとったはずですから。
で、その視線の方向の線を地図で逆に辿ってみたら、ちょうど赤のマルで囲んだ辺り、ホシレンガという工場の背後辺りになります。そこから試しにGoogle Earthであの線路の方向を見たら、それらしい山並みが!
実はこのホシレンガの背後の場所は前回、行っているんです。でも、まさかあの方向だとは思わず、三石駅のある方向、あるいはそれよりも北の方向を見ていました。

この、あたりをつけた場所が、あの風景を撮った、櫓を建てた場所であるかどうかは次回、彼岸の頃に岡山に戻るときに確認してみたいと思っています。当たっていたらうれしいですね。

当たっていることを前提にして考えるならば、小津はまずあの汽車が走る風景を撮れる場所を、あのホシレンガの背後辺りに見つけた。そしてそのライン上にあって、背後に三石の煙突が見える工場付近の家として、あの下宿の場所を見つけた。そしてその下宿の2階のセットでも、あの場所の家であることを考えながら、2人の視線をあの方向に向けさせたのだろうと。

次に三石に行ってみるのが楽しみです。
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by hinaseno | 2012-09-15 08:26 | 映画 | Comments(0)