Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

小津安二郎の「早春」と三石(その1)


a0285828_1483077.jpg

僕はライフワークの1つとして小津安二郎の「早春」という映画のことを調べています。といっても、具体的に行動を始めたのは今年になってのことですが。
なぜ、小津の、特に「早春」という映画に興味を抱いたかと言えば理由は単純です。その映画の最後に、実家のある岡山の、三石という小さな町が舞台となっていることを知ったからです。
三石は岡山県と兵庫県の県境にある本当に小さな山あいの町。かつては蝋石と耐火煉瓦で栄えましたが、現在は急速に過疎が進んでいます。僕は姫路に住むようになって20年余りになるのですが、ある時期からは実家に戻るときはいつもこの三石の町を通っていました。少し前までは三石の脇をすり抜ける形で通っていたのですが最近は町中を通るようになりました。
昭和31年(1956年)公開の小津の「早春」は、三石の町が耐火煉瓦の生産で最も栄えていた頃の様子を捉えています。映画の撮影は前年の昭和30年の夏から秋にかけて行なわれています。

実は、今日、9月10日は、57年前に小津が三石にやって来てロケが行われた最初の日なのです。そのとき僕はまだ生まれていませんが、57年前のこの日に、あの小津監督や主演の池部良らが実家のある岡山の、僕が何度も眺めていた町にやってきてロケをしていたということを考えるのは、やはり感慨深いものがあります。
『全日記 小津安二郎』を見ますと、小津一行は9月9日の朝の11時に岡山に来ています。当時、新幹線はまだありませんでしたから、おそらくは飛行機で来たはず。それから市内のホテルで小憩(おそらくは昼食をとったのでしょう)したのち、車で三石に向かっています。
岡山市内から国道2号線を通れば三石までは小1時間くらいで着いたと思います。着いたのは午後2時過ぎぐらいでしょうか。日記を見る限り、この日はどうやら撮影は行われなかったようですが、いくつかの場面を撮影するためのロケハンが行なわれたと思われます。

『松竹編 小津安二郎新発見』には何枚か三石でのロケ、あるいはロケハンの様子を捉えた写真があります。まずはこの写真。

a0285828_1045065.jpg

「『早春』岡山県三石ロケ」との説明書きのあるものですが、1ページを使って大きく載っています。櫓の上でカメラを覗いているのはもちろん小津。背後で腰に手を当てて見守っている眼鏡の人はおそらくカメラマンの厚田雄春。で、手前でカメラを支えているのが、後ろ向きでよくわかりませんが当時撮影助手だった川又昂ではないかと思われます。
大瀧さん経由でお伺いした川又さんの話によれば、小津は三石に着くなりこの櫓を建てたそうです。


a0285828_10465765.jpg


『松竹編 小津安二郎新発見』に載ってる別の写真。
これには「『早春』岡山県三石にて」との説明書きがあります。これは『早春』の最後の場面、つまり上りの東京方面に向かう汽車をとらえる場所を小津(厚田カメラマンかもしれない)が探しているところですね。この写真に見える煙突のある辺りの風景がまさに最後の場面に使われていますので、場所はこのあたりに決定したのだと思います。

a0285828_10525956.jpg

小津がいるのは山陽本線の線路の北側にある山を少し登ったどこかの場所だと思います(実はこの場所がまだ見つかりません)。で、おそらくこの場所に先程の櫓を建てて最後の場面を撮影したはずです。
映画で見ればほんの数秒ほどの上りの汽車が走る場面をとらえるだけなのに、かなり綿密なロケハンをし、しかもそこに櫓を建ててまで撮影するというのは驚かざるをえません。

a0285828_10562420.jpg

さて、『松竹編 小津安二郎新発見』にはもう1枚三石で撮った写真が載っています。でも写真の説明書きには「『早春』ロケ・ハン」と書かれているだけ。『早春』はいろんな場所でロケされていますので、この本の編者はこの写真がどこで撮影されたものなのか確認できなかったようです。でも、この写真の背後に写っている煉瓦造りのアーチ状の橋、これはまぎれもなく三石にあるものなのです。三石に住んでいる人であればだれでも知っている三石のシンボルでもある「四列穴門」と呼ばれるものです。
a0285828_105853100.jpg

小津はこの橋を映画で使おうとしたのでしょうか、それともただ見に来ただけなのでしょうか。もしかしたら映画には結局使われることはなかったけれども、ここの風景をとらえたフィルムがあるかもしれません。

『全日記 小津安二郎』によれば、57年前の今日、9月10日は天気があまりよくなかったらしく、いくつかの三石の風景をとらえたカットを撮っただけのようです。
その日の日記には「三石町長始め町有志のレセプションに出席」と書かれています。この写真がおそらくそのときの様子をとらえたものだと思います。
a0285828_1111274.jpg

この写真は現在、備前市役所三石出張所の2階に飾られています。三石の歴史を写真にとらえたものを部屋いっぱいに展示しているのですが(数年前に始めたとのこと)、残念ながら『早春』に関する写真は、この写真を含めてたったの3枚でした。写真の下に書かれているコメントには小津監督の名前はありますが、どれが小津だかきっとわかる人はいないんでしょうね。池部良も写っていますが、池部良のことは全く書かれていませんでした。

あとの2枚のうちの1枚はこれです。
a0285828_1135212.jpg

これは三石駅で撮られたもののようです。小津一行は三石に三泊したのち、9月12日に京都に向かっています。おそらく三石駅から汽車に乗って向かったのでしょう。この写真は三石を発つ前に地元の何人かの人(真ん中の女性は泊まっていた旅館の人でしょうか)と撮ったものだと思います。池部良はその前日の9月11日に、三石での大事な場面(この場面についてはまた後日)を撮影して、すぐに岡山に向かったようなので、この写真には写っていません。

もう1枚はこれです。
a0285828_1191128.jpg

おそらくは9月11日に池部良が煙突のある工場近くの撮影現場に向かっているところをとらえたものだと思います。57年前の9月11日は日曜日。撮影現場周辺には、子供たちも含めてものすごい人が集まっていたとのことです。ちなみに、市役所の出張所の2階に飾られているこの写真にも何のコメントもありませんでした。この顔を見て池部良とわかる人は今はほとんどいないんでしょうね。ちなみに、この池部良のそばを、ファンからかばうように歩いているのは撮影助手だった川又さんでしょうか。(続く)
[PR]
by hinaseno | 2012-09-10 11:34 | 映画 | Comments(0)